令和2年度卒業証書授与式

  本日(3月1日)は、天候に恵まれ、来賓の方や保護者の方においでいただき、厳粛な中にもあたたかさが感じられるすばらしい卒業式が行われました。

 

 (開式のことば)

 


(国歌斉唱)

(卒業証書授与)担任の先生が全員の名前を呼ばれ、大きな返事で卒業生の皆さんが起立しました。

<1組>

 


<2組>

 

 
<3組>

 


<4組>

 


<5組>

 

 <6組>

 

<7組>

 

卒業生全員の名前が呼ばれた後、代表者に卒業証書が授与されました。

 

(賞状授与)

<菱門賞>

 

 

<努力賞> 8名

 

 

<皆勤賞> 31名

 


<特別功労賞>3名

 

<功労賞> 36名

 

 

(校長式辞)

 

 校長先生はお祝いの言葉をおっしゃった後、「さて私自身、過去数十年、こうした卒業式や入学式の式辞を聞くたびに、幾多の式辞の中で用いられてきた、ある言葉が大変印象に残っています。それは、「激動の時代」とか、「変化の時」とか言う言葉であります。しかし、今思い返してみると、その都度、確かに様々な出来事はありましたが、それらはおおむね、歴史の大きな、一筋の流れに沿ったものであったように思います。ところが近年は、想定外の巨大な社会変動が、もう間近に来ているのではないかと思わせる兆候が、幾つも見られるようになりました。それは例えば、日本の歴史上、類を見ない早さで進展している少子高齢化であり、情報・通信技術や生命科学、あるいは人間の頭脳を凌駕するAI(人口知能)、といった最先端の科学の驚異的な発達であり、そしてまた、頻発する大きな自然災害や、今回のコロナ禍のような世界的規模の伝染病の流行です。このような、未知の様々な変化が織り交ざった先に、どのような社会が待ちうけているのか、私には残念ながら想像がつきません。ただ、今とは根本的に異なる社会の形が、そこに出現していることは間違いないと思います。そして皆さんは、恐らくはその新しい社会の、むしろ担い手として、生きていかなければなりません。」と現代社会の状況をお話された後、そのような時代を生き抜くために必要なことをとして、夏目漱石の「三四郎」を例にあげられました。

「皆さん、夏目漱石の『三四郎』という小説を知っていますか。熊本出身の青年・三四郎の東京での活躍を描いた、明治期を代表する青春小説なのですが、その中に、上京途中の汽車の中で、三四郎が教師風の奇妙な中年男と、隣り合わせとなる場面が出てきます。その男は、三四郎に向かってこう言うのです。『熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より』……『日本より頭の中の方が広いでしょう。囚われちゃ駄目だ。』皆さん、柔軟な思考力と、そして、この三年間の三島高校の生活の中で培った、様々な力を十分に発揮して、これからの人生を、時として力強く、時としてしなやかに、自ら切り開いてください。たとえ、目の前に困難な壁が立ちはだかったとしても、皆さんなら、必ずや克服して前進できるものと、信じています。そして、その先に、ぜひ大きな幸せをつかんでください。自分だけでなく、現在の家族、それから将来の家族を幸せにしてください。自分が住む地域の人々を、そしてこの国の人々を、どうか、どうか幸せにしてください。」と激励されました。

(愛媛県知事祝辞)

 鎌村教頭先生が中村県知事よりいただいた祝辞を代読されました。

 卒業生、保護者に向けての卒業に対してのお祝いの言葉をいただいた後、「卒業生の皆さんは、卒業式に臨まれ、さまざまな思い出や感情が胸にこみ上げていることと思います。入学以来、勉学・部活動にはげんだことや、体育祭・文化祭に情熱を傾け、仲間と友情を深めたこと、更には、新型コロナウイルスの影響で環境が一変する中においても、学校生活・学校行事に懸命に取り組んだことなど、こうした経験は、今後の人生におけるかけがえのない財産となるものであります。」と、これまでの努力を讃えてくださいました。

 そして、「我が国を代表する実業家であり、「日本の資本主義の父」とも称される渋沢栄一をは、「およそ目的には、理想が伴わねばならない。その理想を実現するのが人の務めである。」という言葉を残しております。これは、日々を漫然と過ごすのではなく、高い理想を掲げ、その理想のために生きることの大切さを説いたものです。社会情勢がめまぐるしく変化する中、皆さんがこれから歩んでいく道は決して平坦なものばかりではないと思いますが、どのような状況にあっても、それぞれの夢や目標をしっかりと持ち続けていただき、学校生活で身に付けた知識や能力を生かし、若さあふれる発想力や行動力を発揮しながら、自らの手で輝かしい未来を切り開いていかれますことを期待しています。また、家族や先生など、これまで支えてくださったすべての方々に対する感謝の気持ちと、ふるさと愛媛への思いをいつまでも忘れることなく、充実した毎日を過ごしていただきますよう願っております。」とお祝いの言葉をいただきました。

(来賓祝辞)

[篠原晃PTA会長]

 

 篠原PTA会長はお祝いの言葉をおっしゃった後、これからの生活において、物事を行う際の行動の流れについてお話くださいました。

「それは『選択・覚悟・決断・責任』という流れです。『大人になる・社会人になる』ということは、自分自身に責任が取れる人になる事だと考えています。これからの社会の中で生きていく上で、様々な困難や悩みにぶつかる時が来ると思いますが、どんな困難に対しても、真剣に考え、智恵を絞って乗り越えていただきたいです。今日に至るまで、皆さんは、たくさんの人たちと関係を築いてきたはずです。そういった方々の温かさの中で成長できたことを、自分の自己肯定感として大切に持ち続けて生きて下さい。もちろん、周りの方が困っていたら、自分の能力を最大限に生かして、周りの方が困っていたら、自分の能力を最大限に生かして、手を差し伸べられるような優しい人であってください。私たちPTAは、皆さんが自分の決断・行動に責任を持てる、自立した大人へと成長し、周囲の方々と良い関係を作りつつ、社会で活躍するような人たちになってほしいと願っています。」と、社会で生きて行くにあたって大切なことを教えてくださいました。

(祝電・祝詞披露)

祝電・祝詞は体育館東側に掲示して御披露させていただきました。

 

 

(卒業生代表送辞)

 卒業生を代表して生徒会長大西真奈美さんが卒業生に向けてお別れの言葉(送辞)を読みました。

 大西生徒会長は、先輩方との思い出とあこがれの気持ちを語った後、特に心に残った運動会について、「特に私の心に残っているのは運動会です。夏休みから応援合戦の練習をし、アーチを作り上げられた先輩方。真夏の暑さに耐えながら準備を進められたことと思います。当日は、過ごしやすい天候に恵まれ、グラウンドを照らす太陽は先輩方の努力を一層輝かせるように感じられました。団席に掲げられた気迫に満ちたアーチは、私たちの心を一つに結び、応援合戦では、先輩方の大きな背中とグラウンドに響き渡る声が力をくださいました。競技に取り組む真剣な姿、フォークダンスでの笑顔はきらきらと輝き、何より先輩方の強い絆を感じました。」と振り返りました。

 そして、「私たちが迷い、立ち止まりそうになった時や、苦しい時に、力を貸してくださったのも先輩方です。昨年度から生徒会役員を務めている私ですが、生徒会長に立候補する時、私に大役が務まるのか、全校生徒の期待に応えられるのか、とても不安でした。しかし、たくさんの先輩方がアドバイスをくださり、『あなたなら大丈夫。頑張れ。』と励ましてくださいました。私が今、ここに立っていられるのは先輩方のおかげです。感謝の気持ちでいっぱいです。そして、ここに出席することができない在校生一人一人の胸の中にも先輩方との思い出と感謝の思いがあふれていると思います。」と自分自身が生徒会長に立候補した際、先輩方から自信と勇気をもらった経験を語りました。

 最後に、「コロナ禍の今、先輩方が進んでゆかれる未来はまだ少し薄暗いようにも思えます。思いがけない社会の変化や、試練に会うこともあるでしょう。しかし、この三年間様々な困難を乗り越え、ひたむきに歩んでこられた先輩方なら大丈夫です。自分を信じて前に進むことで明るい光がきっと見えてくるはずです。三島高校での学びと経験を生かして、前を向いて頑張ってください。私たちも先輩方が残してくださった伝統を受け継ぎ、さらなる高みをめざして努力していきます。」と、先輩の前途を応援するとともに、後輩としてなすべき決意を語り、お祝いの気持ちを伝えました。

  (卒業生代表答辞)

 大西生徒会長の送辞を受け、卒業生を代表して、河上萌さんが「答辞」を読みました。

 吹奏楽部に所属し、活躍した河上さんでした。特に今年度のコロナウイルス感染症拡大の影響に伴い、休校になったり、大会が中止される等のつらかった時期を振り返るとともに、コロナ禍を皆で乗り越え、困難に打ち勝ち、たくましく自己の道を切り拓いてく様子や充実した日々を自分らしい言葉で語りました。

「そして迎えた三年生。一年前には予想すらしなかったコロナウイルス感染症の拡大。新学期スタートまもなく学校は休校になりました。友達との貴重な日々。夏の大会に向けて必死に努力するはずの時間。私たちの大切な青春の一ページが奪われました。悔しさをぶつける先もなく、誰とも会えない毎日。将来への不安に何度も心が折れそうになりました。そんな中、再開された学校。分散登校で机の数も減らし、広く寂しく感じる教室。それでも、頑張れたのはマスク越しに伝わる皆の笑顔があったからです。五月下旬、ようやくクラスの皆と同じ教室で過ごせる日がきました。遅れを取り戻すべくハイスピードで進む授業に必死について行きました。めまぐるしい日々の中で始まった運動会練習。塗っても塗っても日に日に日焼けが増す姿に、最後の運動会にかける皆の本気を感じました。迎えた本番。見とれるほどかっこいいアーチに背中を押され、気合い充分、全力で応援合戦の演技ができました。あの達成感と感動を私は忘れません。ZOOMでの全校集会。各HRの自作動画の視聴や「しゃりーず」のラジオトークを楽しんだ文化祭。少しずつ、新しい生活様式にも慣れてきました。明るい将来を夢見て努力した進路実現への日々。面接練習や小論文指導でアドバイスを下さる先生方。いつも相談に乗ってくれた家族。時には愚痴をこぼし合い、時には励まし合った友達には感謝しかありません。多くの人に支えられている、と今までで一番実感できた幸せな日々でした。」

 そして、高校生活一番の思い出、吹奏楽部について振り返りました。  

「音楽が大好きで入部した吹奏楽部。「全国大会に行けるよ!」という先輩方の魅力的な言葉とは裏腹に練習はとてもハードでした。新たな楽器、トロンボーンへの挑戦。ほとんど休日のない練習。難しい勉強と部活動の両立。大変なことばかりでした。それでも「いい音楽を届けたい、全国の舞台を踏みたい」と、部員が心を一つにし、皆でつかみ取った四国大会金賞。しかし、全国出場はかないませんでした。悔し涙を流す先輩方を見て、皆で「来年は絶対に行こう」と固く誓いました。しかし、コロナ禍による大会の中止。目標を失った私たち。深い絶望の中で、私たちを救う一筋の光が見えました。たくさんの方々の御理解、御協力をいただき、定期演奏会を開催できることとなったのです。練習不足のため上手くいかないソロパートの演奏と任された司会。観客を魅了するパフォーマンスをしなければというプレッシャーに押しつぶされそうになりました。そんな私を温かく見守り、熱心に指導してくださる顧問の先生、励ましてくれた仲間がいたから頑張ることができました。会場が三高吹部の音楽でいっぱいになった喜びと感動は言葉にできません。吹奏楽部に入部してよかったと心から思えました。」

 最後に、先生方、保護者、友人、後輩への感謝の言葉と、今後の決意を力強く語りました。  

「私たちは『コロナのために多くのことができなかった可哀想な学年』と思われているかもしれません。しかしそれは大間違いです。試行錯誤しながら夢の実現を成し遂げたパワフルな私たち。いつか『コロナにも愛と勇気を持って立ち向かえた最高の学年だった』と振り返ることができると自信を持って言えます。数え切れないほどの多くの素晴らしい思い出を胸に私たちはそれぞれの道へ進みます。試練にも立ち向かい、明るい未来を自らの力で切り拓いていきます。今まで支えてもらった分、今度は私たちがみんなを支えます。」

(唱歌・校歌斉唱)声を出さずに心の中で唱和しました。

  (卒業生退場)

 

 本当にすばらしい卒業式でした。ご卒業おめでとうございます。実際に卒業式で先輩の姿を見ることはできませんでしたが、先輩方とともに過ごした日々を忘れません。先輩方に近づけるよう私たちもさらなる努力を重ねていきたいと思います。ありがとうございました。感謝の気持ちを込めて。

【写真 小田先生、高畑先生】